• この記事は、2007-07-05 11:22:29 pmにポストしたものの再掲です。
さらにRoy Peter Clark博士によれば、「たとえシリアスな記事であっても、言葉をうまく使うことを忘れないように」として、具体的には「ニュース記事には滅多に出てこ ないような一般的な言葉を選ぶとよい」というヒントが示されています。これはけっこう日本語にはないセンスですから、頭の片隅に入れておくといいでしょ う。

一般に、英語では日本語の文章よりもはるかに繰り返しを嫌います。同じ単語の繰り返しは、特殊な効果を狙った場合以外はできるだけ避ける普通です。 ですから、人物名は初出以降はheやsheのような代名詞に置き換えて繰り返しを避けますし、それさえも単調になる場合には、「the man」、「this gentleman」、「the walker」、「little lady」、「tall guy」など、人物の属性を使ってその人を表し、なるべく同じ単語を繰り返しません(もちろん特殊な必要性がある場合は別です)。
ここで注意しなければならないのは、これらの人物を表す単語は、その属性を読者に伝えたいという目的で使われているのでは決してないということです。そう いう目的を兼ねている場合もありますが、基本的には、「同じ単語を繰り返さない」という強い文章作法の要請にしたがったものです。ですから、たとえばある ファンタジーにみられるように、主人公の名前である「Violet」を「the Fairy」「little Fairy」などと言い替えた部分をすべて正直に「その妖精」「小さな妖精」などと訳していく必要はありません。主人公が妖精であることは読者にとっては 十分にわかっていることですから、作者がここで「妖精」という単語を選択したのは、単純にVioletという単語が多出するのを避けるためなのです。です から、翻訳文では、そういった英語特有の特性を無視して、「バイオレット」としてやってかまわないのです。

こんなふうに、英語で「言葉をうまく使う」というのは、結局は言い替えの問題であることが多いわけです。堅い文章を書くときには内容の正確性を期す るために同じ単語を何度も繰り返すことが多いのですが(特に契約書や特許関連文書など)、それでもやはり、「シリアスな文章でも言葉をうまく使いましょ う」とアドバイスされるわけです。

そして、言い替えを行う場合、お定まりの言葉を使うと記事が退屈になります。ニュース記事で登場人物の言い替えに「犠牲者」や「被害者」のような言 葉ばかり使っていると、どの記事も同じに見えてきます。だから、「ニュース記事には滅多に出てこないような一般的な言葉を選ぶとよい」というアドバイスに なるわけです。具体的には「歩行者」「高校生」「サッカー選手」などを指すのでしょう。

翻訳者は、こういった言い替えに惑わされないようにしなければなりません。言い替えのための言い替えである場合がほとんどなのですから、下手に忠実 に従うと文章の流れをどんどん損なってしまいます。同じ単語の重複は日本語でも見苦しいものではあるのですが、日本語の場合、それは言い替えではなく省略 で対応します。そういった言語の特性を理解するヒントが、こんなところからも得られるのです。
 
 
  • この記事は、2007-07-05 11:20:37 pmにポストしたものの再掲です。
引き続き、Roy Peter Clark博士の”Fifty Writing Tools“をヒントにして話を進めましょう。博士は、動詞をできるだけ強い形、すなわち能動態で用いることを進めています。受動態は、どうしても弱い感 覚を読者に与えるというわけです。そして、副詞には注意するようにと警告を発しています。動詞を強調するつもりで使った副詞句は、かえって動詞の力を弱め てしまうという指摘です。単純に「花が咲いた」と書く方が、「花が美しく咲いた」と書くよりも強く読者に訴えるというわけです。
これは、日本語を書く際にも当てはまることのような気がします。ですから、訳文を工夫するときにも覚えていて損のないコツなのですが、それはまた別の話。これを英文解釈の際に応用することをここでは考えましょう。

この「コツ」は、英語の発想をよく反映したものだと考えられます。つまり、英語では、日本語以上に「主語-述語」の骨格が重視される傾向にあるので す。「誰が(何が)、どうした」ということがひとつの文の中心であり、主語、述語の省略は基本的に考えられません。そして、それをできるだけ明確に表現す ることが、読みやすい文につながるわけです。

ですから、英文を読むときには修飾節にとらわれず、まず主語と述語を探す努力をすることです。それが英語の発想だからです。これは、意識しなければできません。というのは、日本語の発想はそうではないからです。
日本語は、少なくとも日本人の思考回路に対しては、「端から読めばわかる」という構造になっています。主語がどれとか述語がどれとか、一文の中で問題にし なくても読めるのが日本語です。ですから私たちは、ともすると、端の方から順番に文章を解釈していこうとします。これが妨げになってしまうことが多いので す。

もちろん、英語圏の人々も、文章全体を見なければ骨格がわからないということでは、意味の把握に不便を感じるでしょう。だからこそ、前回のポイン ト、「主語と述語を文頭に出す」というのがわかりやすい構文のコツということになるわけです。けれど、現実にお目にかかる英文は、そんなわかりやすい構文 ばかりではありません。

そんなときでも、「英文解釈は主語と述語の把握がポイントだ」ということを忘れず、真っ先に主語と述語を探すべきです。その際に、より弱い部分である副詞や形容詞に目を奪われてはならないのです。
 
 
  • この記事は、2007-07-05 11:06:48 pmにポストしたものの再掲です。
英文を解釈するひとつの有効な方法は、その文章の書き手が、どのような戦略で文章を組み立てようとしているのかを知ることでしょう。そういう意味で参考になるのは、たとえば、Roy Peter Clark博士の”Fifty Writing Tools“で しょう。Clark博士はジャーナリストが文章を書くときに使うべきヒントを「50の道具」にまとめて昨年秋に出版されました。このようなwriting のコツは、多くの英語の書き手が心得ているものです。これを知ることは、英文にあらわれた特徴を理解するのに役立つというわけです。

たとえば、その50のコツの第一にあげられているのは、「Begin sentences with subjects and verbs. Make meaning early, then let weaker elements branch to the right.」という鉄則です。わかりやすい文章を書くためには、一文の冒頭に主語と動詞を集め、文が何を表現しているのかを明らかにします。その上で、 修飾節を後ろにどんどんぶら下げていくわけです。

このようなコツをわざわざ書かねばならないということは、つまりはすべての英語の書き手がこういった戦略をとっているわけではないということなので すが、それでも、多くの書き手、特に書籍や論文、雑誌記事などを書くようなプロフェッショナルな書き手の多くは、それを意識していると考えていいでしょ う。

そこで、英文和訳にあたって翻訳者は何を心得るべきかというと、

・主語と述語は一文の頭の方を探せ。

ということになります。ひとつの文の中には複数の節が存在し、その中にはさまざまな体言や用言が混在します。そこから文の骨格ともいうべき主語と述 語を探し出すことは、英文を解釈する上で基本中の基本です。そして、それらを真っ先に探すべき場所は、文の冒頭付近になるわけなのです。

英語の作文術を心得ておくことは、それを利用して書かれた文章を理解する上で、こんなふうに役立つのです。
 
 
  • この記事は、2007-07-05 11:06:05 pmにポストしたものの再掲です。
英文和訳には、2つの能力が要求されます。英語原文を正しく理解することと、理解した内容をわかりやすく日本語で表現することです。この2つは独立 した能力なのですが、互いに重なりあう部分があります。それは、人間の思考が言語から構成されているからです。私たち日本人は、英語の文章を読んだとき、 「何が書いてあった?」と聞かれたら、書かれていた内容をとっさに日本語で解釈します。つまり、原文は日本語で理解され、その理解がそのまま翻訳となる場 合もあるわけです。

しかし、よりクォリティの高い翻訳をおこなおうというのであれば、英文の理解と日本語の表現力は、別々に修行すべきでしょう。そして、この2つの修 行は、どちらも非常に単純に実行することができます。習うより慣れろ、大量の英文を毎日読み込むことを続ければ、英文の理解力はどんどん高まっていきま す。どんなことでも毎日のように書く習慣が身につけば、日本語の表現力は豊かになっていきます。読む力は読むことで、書く力は書くことで、身につけていく のが本当でしょう。

けれど、そういう修行に加えて、ちょっとしたヒントがあると、「ああ、なるほど」と理解が深まるものです。このセクションでは、英文を「読む」ことに関するそんなヒントを書き綴っていこうと思います。
 
 
  • この記事は、2007-07-05 11:01:16 pmにポストしたものの再掲です。
構文の上でもandやorの処理にはコツがありますが、単語レベルで考えても、andやorにとらわれてはならないものです。

 例:Family or friends often positively contribute to health and wellness of a patient.

 通常の訳文:家族もしくは友人は、しばしば患者の健康およびウェルネスにポジティブに寄与する。

 andとorを無視すると:家族・友人は、しばしば患者の健康・ウェルネスにポジティブに寄与する。

andとorは、確かに意味はちがうのですが、多くのものを並列する場合、英語では厳密にどちらかを使わねばなりません。どちらを使ってもかまわな いような場合、あるいはどちらとも判然としないような場合でも、どちらかが選択されているわけです。これにつき合って、日本語でもいちいち「もしくは」 「または」「と」「および」などの接続詞を使っていると、どんどん文章が硬く、読みづらくなってしまいます。もちろん文脈によるわけですが、あいまいにし てかまわないような場合は、接続詞は用いず、中黒「・」や読点「、」で並べておけばかまわないのです。「や」という接続詞も、andとorを限定しないの で、便利に使えるものです。

 実用的な訳文:家族・友人が患者の健康にプラスの役割を果たす場合が多い。

 
 
  • この記事は、2007-07-05 10:57:39 pmにポストしたものの再掲です。
日本語でも英語でも、接続詞には順接、逆接、条件など、さまざまな種類があります。種類が同じならたいていはどの英単語とどの日本語の単語を対応させても問題はありません。たとえば、butを「しかし」と訳しても「けれど」「が」「であるが」「しかしながら」「とはいえ」のように訳しても、たいていは大丈夫です。

そればかりではありません。ときには、butを「そして」のような順接の接続詞として訳さねばならない場合もあるのです。

このほか、たとえば「〜のとき」と覚えているwhenは、それ以上に「〜ならば」という条件をあらわす接続詞として用いられることが多いものです。いっぽう、「〜のように」「〜ので」と訳すことが多いAsを「〜のとき」と訳す場合もあります。

どうも接続詞は、その単語の意味で訳語を選択するよりも、前後の節の意味を汲み取って、その間をどうつなげばいちばん適切なのかということから訳語 を判断するのがいいようです。「おかしい、おかしい」と悩むよりは、接続詞の使いかたの感覚がもともと英語と日本語ではちがうのだと割り切るべきなので しょうね。

 
 
  • この記事は、2007-06-04 2:58:55 pmにポストしたものの再掲です。
日本語には、英語由来のカタカナ表記の言葉が数多くあります。カタカナ語が定着している場合、無理に漢字やひらがなの日本語を当てはめようとするよ りも、外来語をそのまま使った方がすんなりいくことが少なくありません。identityを「自己同一性」、comunicationを「通信」などと訳 してしまっては、何のことだかわけがわからなくなるものです。よっぽどの場合でもなければ、これはアイデンティティーやコミュニケーションで構わないでしょう。
その一方で、もちろん、カタカナ語を避けた方がきれいに翻訳できる場合も決して珍しくはありません。driveという動詞は、たとえドライブというカタカ ナ語が定着していても、普通は「運転」と訳します。カタカナの「ドライブ」は、原語の意味の一部しかあらわさないからです。receiptも、レシートと 訳していい場合よりも領収書と訳した方がいい場合の方が多いものです。

これをもう一歩すすめると、原語とは異なった単語の翻訳に、外来語を使うという小技に行き着きます。たとえば、negativeやpositive は、ネガティブ、ポジティブというカタカナ語にしてもいいのですが、むしろマイナス、プラスという語源のまったく異なるカタカナ語を用いる方がしっくりい くことが多いものです。ときにはhelpを「サポート」と訳していい場合もあります。

 例:You need to open lines of communication with your family.

 通常の訳文:家族とのコミュニケーションのラインは開いておく必要があります。

 外来語を置き換えると:家族とのコミュニケーションのチャネルは開いておく必要があります。

もちろん、これを「裏側から」訳して、「家族とのコミュニケーションのチャネルを切ってしまってはいけません」とやってもかまわないのです
 
 
  • この記事は、2007-06-01 11:47:47 amにポストしたものの再掲です。
日本語の単語と英語の単語は、たとえ辞書にその意味だとして載っていたとしてもそれぞれのカバーする範囲が微妙に、ときには大きくずれています。このずれが問題にならない場合もありますし、ときにはどうにも落ち着きが悪くなる原因になる場合もあります。その解決方法にはさまざまなものがあるのですが、ここではそのひとつとして裏側から訳す方法を紹介しましょう。

 例:Remember that each boy has his own expectations.

 通常の訳文:男の子はひとりひとり、それぞれの期待を抱いていることを覚えておきましょう。

 裏側から訳すと:男の子はひとりひとり、それぞれの期待を抱いていることを忘れてはなりません。

Rememberは、「覚えている」という動詞の命令形ですが、日本語では「覚えていろ」という命令よりも「忘れるな」という命令の方が日常的な感 覚としてしっくりくるものです。意味は同じでも、こうやって裏側から訳すことで、「なんとなく落ち着かない」翻訳を改善できる場合があるのです。

 例:When you work on a busy day it is difficult to look around to see what is happening in your own home.

 通常の訳文:忙しく働いている日には、ちょっと立ち止まって自分の家庭のなかで何が起こっているかを見るのさえ困難です。

 裏側から訳すと:忙しく働いている日には、ちょっと立ち止まって自分の家庭のなかで何が起こっているかをみるのさえ簡単ではありません。

difficultは、「困難」と堅く訳さなくてもいいのですが、「むずかしい」にしたところで、どうも座りが悪い場合が少なくありません。そんなときは、「簡単ではない」と、裏側から訳してみればうまくいく場合もあるのです。

 
 
  • この記事は、2007-05-31 4:32:24 pmにポストしたものの再掲です。
辞書を引くと、「暴行」という単語の訳として、assaultやbatteryなどが載っています。ところが、この2つの単語はしばしば 「assault and battery」と、2つ並べて登場します。これを「暴行と暴行」と訳してしまうと、奇妙な翻訳ができあがってしまいます。なんらかの工夫がぜひにも必要です。
詳しい解説によると、assaultは実際の暴力行為だけでなく暴力を行使しようという意図や身振りなどを通じて被害者に身の危険を感じさせるような行為 であり、batteryは意図はともかく実際の物理的な接触によって身体に被害を生じさせる行為です。assaultは「脅し」に近く、batteryは 「傷害」に近い意味をもっています。だとしたら、「assault and battery」は「脅しと傷害」と訳すべきでしょうか。否です。
これは単純に、「暴行」と訳せばいいのです。英語の単語ひとつに必ず日本語の単語ひとつを対応させねばならないという決まりはありません。 「assault and battery」の2つの単語で日本語の「暴行」1語にあたる概念を表現しているのだから、その1つの単語で十分な翻訳になる場合がほとんどなのです(も ちろん例外もありますが)。

似たような例に、「power and authority」や「mentally or psychologicaly」、「love and affection」などがあるでしょう。powerを「権限」と訳してしまったら、authorityは「権威」だろうか、いや、法律用語に「権限と権 威」ではおかしい、だったら「権力と権限」か?などと悩む必要はありません。power and authorityの2語で「権限」と訳せばいいのです。「心理的もしくは精神的」と訳し分けた方がいい文脈もありますが、たいていはどちらか一方だけで 間に合います。もしも「愛情」と1語に訳して後ろめたい気がするのであれば、loveを「愛」、affectionを「情」と訳したのだと言い訳すればい いでしょう。

英文の2語を1語に訳すのをためらってはなりません。意味が正確に伝わるのならば、単語ひとつひとつの対応などどうでもいいのです。むしろ、ひとつひとつの単語にひきずられて、全体の意味を見失うことの方が問題です。

そう考えれば1つの英単語を2つあるいは3つの日本語で訳す場合もあり得るのに気がつくでしょう。cupsは「カップ」と訳すのが普通ですが場合に よっては「コップと湯のみ」のほうが正確ですし、teenagerはそのまま「ティーンエイジャー」が適切な場合のほかに「中学・高校生」とする方がより 原文の意図に沿った場合もあります。要は、原文の単語が表す概念が等しくなるように訳語を選択するのがもっとも正確であるといえるのです。

 
 
  • この記事は、2007-05-30 4:57:56 pmにポストしたものの再掲です。
英語にも日本語にも、名詞、動詞、形容詞などの基本的な品詞はそれぞれあって、それぞれ辞書的な意味でも対応がとられています。しかし、もともと異なった言語体系なのですから、実際の文章のなかでは、必ずしも英語の名詞が日本語の名詞、英語の動詞が日本語の動詞に対応するとは限りません。
有名な文例としては、中学生を悩ませる次のものがあります。

 例:I’m not a good English speaker.

これを「私はいい英語の話し手ではありません」とやると、先生に叱られます。これはもちろん、「私は英語が上手に話せません」と訳さねばならないのです。わけのわからない中学生は、おろおろしてしまいます(かつて私がそうでした)。
これをいわゆる「意訳」の例と考えるべきではありません。むしろ、かなりべったりと原文に沿った翻訳です。ただし、形容詞であるgoodを副詞「上手に」 と訳し、形容詞として用いられているEnglishを名詞とし、さらに名詞であるspeakerを動詞「話す」と訳しています。英語と日本語で品詞の対応 を外しただけで、基本的には逐語的に翻訳しているのです。

英語の構文を解釈するために、何が動詞で何が名詞、形容詞、副詞であるのかをきっちりと読みこなすことは非常に重要です。これが甘いと、とんでもな い誤解が生じてしまいます(たとえば、His casual talk has set me free.という文で、talkやhasやfreeを誤って動詞と読んでしまうと、正しい解釈ができなくなってしまいます)。しかし、ある単語を名詞とし て認識することと、その単語を名詞として翻訳するかどうかは、別な次元の話です。
異なった言語体系の間では、品詞にとらわれてはなりません。それは、日本語には存在しない冠詞や、英語には存在しない助詞をどう訳せばいいのかという問題を考えてみればすぐに理解できることです。これらは、本質的に別の品詞として訳出しなければならないのですから。