初めての翻訳の仕事

私が初めて翻訳で報酬を受け取ったのは、ある小説の翻訳によってでした。その詳しい事情は、別途エッセイに書いています。詳細はそちらに譲るとして、一言で言うなら単純にひとつの運命に巡りあっただけです。そんなありそうにない運命は、だれの参考にもならないでしょう。

私は、たまたまある小説を1冊翻訳していました。だれに頼まれたわけでもありません。自分自身の修行として何冊かの本を翻訳する計画を立て、実際に2冊の本はゴールにたどり着きました(ゴールにたどり着けなかった本もありました)。そして、その私訳の最初の作品の作者がたまたま亡くなり、遺作となったその作品を出版社に持ち込んだところ、話がまとまったという流れでした。

そんな偶然は、ふつう起こりません。ただ、このとき私は、ある意味、正しい道を歩みはじめていたのではないかと、振り返って思います。1年に満たない短期間に2冊の本を翻訳するのは、ほとんどプロの翻訳者並みの仕事量です。それだけの仕事をこなすことで、私はプロの翻訳者に必要な経験を積むことができました。たかが2冊の本から得られる経験などしれているのですが、それでも、週に1〜2ページぐらいしか「勉強」として翻訳しない「翻訳者志望」からみれば、まったく次元のちがう経験です。その経験を通じて、私はようやくプロの翻訳者としての入り口に立つことができました。

もしもあの偶然がなかったとしたら、私の翻訳者としてのスタートはもっとずっと遅れていたかもしれません。けれど、翻訳者になるための最低限の修行、自分自身のスキルを磨く作業を始めていなかったら、私は永遠に翻訳者にはなれなかったでしょう。

報酬があろうがなかろうが、ともかくプロと同じぐらいの経験を進んで自分のものにしていくこと。それがプロになる一つの方法であるのかもしれませんね。


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