英語教育への恨み言

私は、学校の英語教育以外、特別な英語の勉強はしてきませんでした。若い頃には音楽の趣味で英語のDJ番組は朝から晩まで聞き流していましたし、たぶん百冊以上はペーパーバックの小説やエッセイを読みました。それが翻訳者としての修行になったことは間違いないと思いますが、特に「勉強」と思ってやったことではありません。音楽も読書も、趣味欄に書くようなことですよね。翻訳の講座を受けたことはありますが、それが役に立たなかったことは別に書いた通りです。

多くの翻訳者はそうではありません。たいていは、海外での生活体験があります。あるいは英会話教室に通ったり、身近なネイティブスピーカーと話をするなど、「生きた英語」と日常的に接する経験を積む中で英語力をつけていきます。そして、そのほうが圧倒的に英語は上達するのです。

私の英語は、基本的に日本の指導要領にもとづいた正規の英語教育課程の産物です。そして、これが使えないのですね。私が英語が苦手だ、どこまでいっても「外国人の英語」でしかないと愚痴らねばならないのは、実はそこに根本的な原因があるのではないかと思うのです。

細かいことを書き出すと長くなるのでやめますが、日本の学校教育では、もしも大学まで進むならば8年、場合によっては10年も英語を勉強しますが、それでもたいていは使える英語は身につきません。もちろん世の中には日本人でもネイティブスピーカーに劣らない英語力をもったバイリンガルや、さらにそれ以上のトライリンガルの方もいくらでもいます。ただ、その能力は、ほとんどの場合、学校教育以外の場で研鑽を重ねた結果であったり、海外生活から身についた教育とは無関係な能力あったりするわけです。

その一方で、非常に流暢な日本語を話す海外生まれの方が、2年とか3年の日本語の勉強しかしていないケースに出会うことは珍しくありません。そう考えたら、学校の教室で過ごしたあの8年間は何だったんだろうと思わずにいられません。

私が英語が苦手なのは学校英語教育のせいだと言ったら、あまりに無責任に過ぎるのでしょうか。

 

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