翻訳者はライター

英語から日本語への翻訳と日本語から英語への翻訳、これはまったく異なった作業です。数学では二次式の展開と因数分解はきれいに逆向きの操作になります。原理的には、一方ができればもう一方もできるはずで、実際、学校数学ではそういうことになっています。こういう可逆的な変換操作と言葉の翻訳は、根本的にちがいます。その一例として、翻訳を関数的に操作している自動翻訳ソフトを使って英語を日本語に翻訳し、その訳文を再び英語に翻訳して原文と比べるという操作をやってみます。ごく簡単な構文のものを除き、原文と戻し訳が一致することはないでしょう。翻訳は不可逆的な変換です。

単純化していえば、翻訳は、原文に含まれた複数の情報の中から最も重要であるもの(場合によっては複数の重要な情報)を抜き出して、それをターゲットの言語で表現することです。原文の情報をできるだけ失わないようにすることも重要ではあるのですが、なによりも重要な情報を正確に伝えることが重要になります。

そして、原文中の重要な情報は、ふつうははっきりとわかりやすく表現されているものです。重要でない情報の方は(「微妙なニュアンス」みたいな表現をしますが)わかりにくいこともありますが、どのみち重要ではないわけです。つまり、原文を読んでその重要な情報を把握するのは、原理的にそれほど困難ではないのですね。極端な話、読んでわからないような原文は、「書き方が悪い」と文句をつけることもできるのです(業務でそんなことをするわけにはいきませんけれど)。

その一方で、読み取った情報をターゲット側の言語、私の場合なら日本語で表現する方は、他人のせいにはできません。わかりやすい文章を書くのは、案外とむずかしいものです。知っているようで案外と知っていないのが日本語です。構文をきちんと意識して書かないと意味を誤ってとられかねないし、文法書には載っていないようなルールがあったりして、意外と杓子定規にはいかないものです。あたりまえだろうと思っていることが案外とあたりまえでなかったり、妙なくせがついてしまってなかなか抜けないこともよくあります。「ふつうに読んでわかりやすい文章」が、けっこうふつうではないのですね。

細かなことに気を配った文章を書くためには、英語屋の修行よりはライターとしての修行が必要になります。翻訳者は、英語屋である以前にまずライターであらねばならないのかもしれません。


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