役に立つ雑用係としての経験

私の専門は、英語ではありません。翻訳者として担当するのが英和翻訳だということからいえば「英語だ」といえなくはないのですが、私自身のキャリアを振り返ってみると、英語が占める割合は驚くほど小さいのです。

中学生になる息子と話をしていて私の専門が何かということになったとき、結論は「雑用係」でした。私がかつてある会社で社内翻訳者として経験を積んでいたとき、配属されていたのは総務課でした。翻訳のプロジェクトがないときには、私は総務課の責任者として社内の機材管理から役所への提出文書作成、プレゼンテーションや会議の準備・進行、文書類の整理からパソコンのメンテナンスまで、あらゆる雑用をこなしました。特許や商標のような知財関連文書や契約書類、ビジネスレターや企画書、専門記事や学術論文を扱うことに抵抗がなくなったのは、このときの経験によるものです。一言ではあらわせない私の仕事を無理に一言であらわすならば、「雑用係」としか表現できないでしょう。

そんな縦横無尽な雑用係が務まったのも、私の職歴が編集者としてはじまったことと無縁ではありません。編集者というのは、基本的に雑用係です。ときには著者に劣らない知的生産に携わる一方で、ときには印刷所とベタな実務を詰めていき、果てはカッターナイフを取り出して版下(オフセット印刷の原版のもとになる原紙のことをそう呼びました)の修正までやります。「いい本をつくる」ためにあらゆる知識・技能を総動員するのが編集者です。つまりは雑用係です。

そして、編集者として10年の経験を積んで、私は小さな事務所を構えました。事務所の経営もまた、雑用の集積です。経理のことを勉強したのもこの時期なら、各種書類の基本的な書き方や法令の読み方、社内システムの構築からパソコンの運用やプログラミングの入門まで、経営者として覚えなければならないことは山とありました。そういう雑用に追いかけられて自分自身の仕事ができないことに気がついて経営者であることを辞めたのですが、これら貴重な経験があるから、いまがあるとも思えます。

そしていまも、翻訳そのものは私の仕事の半分でしかありません。受注から納品にかけてのプロジェクト管理、納品物の品質管理が私のもっとも重要な仕事です。いまだに半分は雑用係なのです。

「英語のわかる雑用係」。それが私の専門といえるのではないかと思うこの頃です。


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