どこまで訳すか、訳さないか

この記事は、2011/06/29にポストしたものの再掲です。

翻訳に完全はありません。常に、「これでいいのか、これではダメなのか」と悩みながら、その文書、その文書が用いられる目的に合わせた最適な訳を探します。特に悩むのが「どこまで訳すのか」という問題ですね。これはいろんな場合で発生しますが、わかりやすいのは名詞でしょう。

たとえば、政治制度上の機関や地位の名前です。現代的なものには、たいてい定訳があります。たとえば経済産業省であればMinistry of Economy, Trade and Industry(METI)が公式な翻訳です。こういう場面で迷うことはありません。首相はPrime Minister、衆議院はHouse of Representativesです。

ところが、これがちょっと古くなると、迷いが出始めます。明治政府の太政官は、実質的に大臣なのでMinisterとすべきでしょうか。あるいは職制上の位置づけからCouncil of Stateと訳すべきでしょうか。いや、こういう歴史的なポストはローマ字書きでDajokanと表記するのが好ましいのでしょうか。

さらにさかのぼって江戸時代になると、征夷大将軍はGeneralと訳すのではなく、定訳のShogunを使います。けれどTycoonというもうひとつの定訳もあります。同じ征夷大将軍でも実質的に軍事指揮官である平安時代の征夷大将軍なら、Generalの方が適切かもしれません。もちろん、その文書が物語であるのか、論文であるのかによっても訳し方は異なってきます。

先日も、どこまで訳すのか、ひどく悩まされる文書がありました。日本固有の名称は、訳さずにローマ字書きにするのが正確ですし、翻訳者も楽です。けれど、読者にとっては何のことだかわかりません。説明が不要な程度に訳しこみながら、それが日本の歴史用語であることを読者に意識させる必要があって、ほんと、難しいものだと思いますね。

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