訳者は役者?

この記事は、2010/03/15にポストしたものの再掲です。

専門家でもないのに知ったかぶりをしてもっともらしいことを言う人は嫌なものです。「あんたがなんぼほど知ってるねん」と、思わず大阪弁でツッコミたくなります。しかし、そういうもっともらしい話し方を仕事としてする人がいるものです。たとえば俳優は、いかにももっともらしい台詞をもっともらしい顔をして喋ります。高邁なことを語る俳優に向かって、ツッコミを入れてはいけません。役の上でそう言っているからです。その台詞に説得力があるとしたら、役者の技量を褒めるべきでしょう。決して、「知りもしないことをもっともらしく言っている」と批難すべきではありません。

翻訳者も、同じようなものだなあと思います。ビジネス文書を訳すときはビジネスマンのような口をきき、契約書を翻訳するときには法律家のような書き方をします。特許では物々しい古風な文体を使い、文芸作品でははじけます。論文はアカデミックに、ニュースはドラマチックに訳すのが翻訳者の仕事です。

翻訳者はビジネスマンでも法律家でも弁理士でも作家でも学者でも新聞記者でもありません。けれど、翻訳をするときにはそういった人々になりきって文章を書くのがコツです。いかにも専門家のようにもっともらしい口調で語らなければ、正確な意味は伝わりません。なぜなら、原文がそういったもっともらしい口調で書いてあるからです。

知ったかぶりは嫌味なものです。仕事だからと割り切ってやっていても、ときに自己嫌悪にもなります。けれど、これは与えられた役なのだと、そう思って勤しむのが、役者や訳者に与えられた使命のようですね。


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