自動翻訳がやってくる日 - その2

この記事は、2010/03/29にポストしたものの再掲です。

先日のエントリで引用した記事に対するコメントが、同じサイトで公開されていました。こちらです。意見は3つ寄せられていて、いずれも興味深いものですが、特に最初のものは「機械に人間が追い越せないなんて甘い」という点で私と一致しています。私は自分自身の翻訳者としての作業を観察することで「こういった一連の作業を自動化することは絶対に不可能ではない」と確信するようになりました。一方、このコメントの著者は、翻訳者であると同時にチェスプレーヤーでもあるそうです。ひとりのチェスプレーヤーとして機械と対戦してきた経験から、「機械が現在人間にかなわないからといって、将来もそうだという保証はまったくない」と結論づけているようです。確かに慧眼です。

そして、この点で、私の意見も彼の意見も、ひとつの同じところに行き着くと思います。コンピュータにインストールされたチェスに人間が勝てないからといって、チェスの楽しみが失われるわけではありません。機械の方が優れた翻訳をするようになったとしても、人間が翻訳をする意味が失われるわけではありません。人間の翻訳は、機械の翻訳と共存していくことでしょう。

ただ、業務としての翻訳は、間違いなく激減します。このあたりのことを読み違えて、「どこまでいっても人間の翻訳が...」などと楽観してはならないと、そのように思うわけです。


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