句読点とピリオド・カマは特に対応しない(構文の工夫)

この記事は、2007-05-29 11:19:28 amにポストしたものの再掲です。

まだ私が駆け出しだったころ、既に翻訳書を何冊も出している先輩が、「私は原文を尊重するので、ピリオドとコンマはぴったり日本語のマルとテンに合わせてあります」と誇らしげに語っていたと、編集者を介して聞いたことがあります。その当時でも、ずいぶん奇妙な情熱だなと思いました。ピリオドとマルはイコールではありませんし、カマとテンもイコールではありません。まったく別な言語体系のなかで、たまたま似たような役割を振られた記号に過ぎません。言葉の組み立てがもともとちがうのですから、対応しない方がむしろあたりまえなのです。

このことは、中国語を少し学ぶとさらによく理解できます。中国語の句読点は、「、」と「,」と「.」の3種類です。テンに2種類あるのですから、これがイコールになるはずはありません。記号類は、それぞれの文法体系のなかでそれぞれの規則にもとづいて用いられるのです。

  • 例: I was ashamed, couldn’t find a word to utter, and ran away from her.
  • 通常の訳文: 私は恥ずかしく、一言も話すことができず、そして彼女から逃げてしまった。
  • 句読点の振り方を日本語らしくした訳文: 私は恥ずかしかった。一言も話すことができなかった。そして彼女から逃げてしまった。

日本語のマルは、英語のピリオドよりは「弱い」ものです。あるいは、日本語の主語は英語よりも強く、マルを越えて影響力を及ぼします。最初に提示された主語は、次の主語が出てくるまでは、たとえ間にマルが入って見掛け上は別の文になってしまっていても、主語でありつづけます。いっぽう英語では、ピリオドが入ったらそこから先はまったく別の文で、別の主語と動詞がなければ文章になりません。この性質の違いを意識しないと、日本語の訳文はやたらとまだるっこしくなってしまうものなのです。

一般に、日本語のテンの方が、英語のカマよりも多くなる傾向があります。これは、日本語のテンに、英語のカマの用法(複文の切れ目に用いる、並列した単語に用いるなど)に加えて、主語の後に打つという原則があるためです。ですから、英語のカマに相当するところにしか日本語のテンを打たないと、主語が見づらい日本語らしくない文章ができあがってしまいます。

形の上だけの「忠実さ」は、決して忠実な翻訳ではありません。原文に忠実な翻訳とは、原文の意図を正確に日本語で表現することなのです。


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