裏側から見た翻訳事務所

翻訳事務所を利用するクライアントの皆様は、いわば表玄関から翻訳事務所にはいるわけです。ところが、翻訳事務所には、たいてい裏口があります。翻訳者向けの窓口ですね。d-lights翻訳サービスという形で翻訳事務所をスタートさせる以前、私はフリーランスの翻訳者として翻訳の仕事をしていました。ですから、私にとっての翻訳事務所は、翻訳の案件をまわしてくれるところでした。つまり、私は翻訳事務所を裏側から見ていたことになります。そして、会社によってずいぶんと流儀がちがうことを実感しました。

ある会社は、トライアルを提出したあと履歴書を送り、採用が決定したあとでは面談による打ち合わせまでしました。何通もの契約書を交わし、多くの確認事項をチェックして、それからようやく案件の依頼がやってきました。別の会社では、契約もなにもあったものではなく、こちらからの一通のコンタクトメールへの返信でいきなり案件がやってきました。ずいぶん面食らいましたが、「できるか?」というので「やります」と、ずいぶん大雑把に話がまとまりました。

両極端の会社でしたが、たいていはこの中間のどこかになるのでしょう。いずれも、インターネットが普及してからの話です。それ以前には、翻訳事務所の裏口に立つのさえ、容易ではなかったのではないかと思います。翻訳需要が大きくなったのもインターネット時代以後のことですから、やはりインターネットは翻訳業を大きく変えたのだといえるでしょう。

インターネットといえば、2000年頃には既にもう、プロジェクトごとに翻訳者を募集するポータルが活動をしていました。海外のサイトではありましたが翻訳者同士の情報交換のための掲示板もあり、蓄積された情報にずいぶんと助けられたものです。これらインターネット上のコミュニティでは肩書や経歴は役に立ちません。実力だけが信用の裏付けです。敷居だけはぐっと下がりました。そこに大量の翻訳者やその志望者が殺到しました。玉石混交で、かなりカオスな世界でもありました。そんなカオスの中に、翻訳事務所は釣り糸を垂れ、優秀な翻訳者を一本釣りしようとしていたように思います。

裏側から見た翻訳事務所は、なかなか付き合いにくいものでした。こちらに力があると見ればいい条件を出してくるものの、少しでも弱みを見せると厳しい仕事を依頼してきます。こちらの都合を通そうとすると、仕事は一気に減少します。これは仕事を出す側に立ってみるとよくわかるのですが、使いにくい翻訳者を無理に使う必要はありません。代わりはいくらでもいるのです。

フリーランスの翻訳者にとって、翻訳事務所は気まぐれで、あてにならない存在でした。それでもそこに頼らなければ、フリーランスはやっていけません。フリーランサーを続けるのは、相当に困難な道なのです。


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