翻訳業裏話‎ > ‎

インターネットと翻訳業

インターネット以前・以後

インターネットが実用に供されるようになってから30年以上になるわけですが、日本ではおそらく1990年代半ば頃が一般への普及、業務への活用のはじまりでしょう。ざっと20年です。そして、インターネット以前と以後では、翻訳業そのものが大きく変化しました。

なによりも、翻訳需要が急増しました。それまで国内で閉じていた情報が、インターネットを通じて国際的に流通するようになったのですから当然といえば当然です。インターネットの普及が「第二の開国」と言われる所以です。

翻訳需要の急増とともに、翻訳者も増えました。需要があれば供給が増えるという需給の仕組みのせいだけでなく、英語をはじめとする語学学習の敷居がどんどん下がっていったことによってそれだけの能力のある人材も豊富になっていったからだと思います。世間一般の英語力からいっても、インターネット以前と以後では格段のちがいがあると感じます。かつてはエリートにのみ必要とされた英語力が、ふつうの社会人にも要求されるようになりました。社会全体の能力の底上げに伴って、翻訳者の能力もそれだけ高まってきたはずです。

もちろん、こういった急激な変動期には多くの混乱が発生します。まるで英語を理解していない翻訳者とか、理解不能な日本語を書く翻訳者とか、そういう人々をよく見かけたのもこの変化の時期でした。けれど、混乱がおさまるにつれ、そういった極端な事例はあまり見かけなくなりました。翻訳者のレベルは、以前よりも確実にアップしました。

マクロに見れば「日本全体の英語のレベルアップに伴う翻訳力の底上げ」ですが、翻訳者の側から見れば、インターネットによって以前には入手が困難だった情報や時間がかかった作業が効率良くできるようになったため、品質が上がるようになったのです。たとえば、インターネット以前には辞書を56冊、参考書を1020冊ぐらい机の周りに積みあげなければ仕事にはなりませんでした。いまならそれが不要なばかりでなく、引用されている論文や参考文献に直接あたることもできますし、風景や地形、地理などは視覚情報として画像を参照することも可能です。質のいい翻訳には、特に専門的な文書の場合には、十分なバックグラウンドの調査が欠かせませんが、以前なら図書館に半月もかかって通い続けなければできなかったような調査がデスクから一歩も動かずにできるのです(おかげで運動不足になります)。これは実に大きな進歩でしょう。

そんなふうにスキルアップができたからといってうかうかはしていられません。周囲のレベルも同じように上がっていくからです。ですから、常に上を目指していかないと、この時代、たちまち「高品質」の看板に偽りありとなってしまいます。たいへんな時代ですが、その結果としていい仕事が世の中に出回るのであれば、それはそれでいいことではないのでしょうか。


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