翻訳業に未来はない?

翻訳業に未来はありません。こういうことを書くと悲観的と思われるかもしれませんが、それは多くの事業に当てはまることです。たとえば、煙草屋という業態・業種に未来はありません。喫煙人口は継続的に減少し続けている上に、喫煙者は煙草屋以外のスーパー・量販店で煙草を買うからです。いまさら街角に煙草屋を開こうという人はまず皆無といっていいでしょう。例えば瓦製造業に未来はありません。伝統的な瓦製造が絶滅してしまうことはかなり先まで見越してもありえないでしょうが、一般住宅の屋根材が多様化する中で、瓦の使用が減少を続けていることは事実です。産業としての規模が縮小していくのは避けられないことです。

あらゆる業種・業態には、いつか終わりがきます。だから、業界に「未来はない」のです。もしも事業を続けていこうとうのであれば、その成長だけでなく衰退も見越したうえで、将来のビジョンを打ち立てていかねばなりません。将来性がないからといって見切りをつけて他の事業に乗り換えるのもひとつでしょうし、縮小していく中でシェアを確保し、伸ばしていく方向に舵を切るのもひとつでしょう。変化に合わせて業態を少しずつ変化させていき、気がついたらまったく別の事業をやっていたという事例も少なくありません。かつて電話機を作っていた会社がパソコンメーカーになり、いつの間にかソフト屋になって生き延びているのは、その見本かもしれません。

具体的にどのように「翻訳に未来がない」のか、それは翻訳をめぐる情勢を見れば火を見るよりも明らかです。たしかに翻訳に対する需要は今後も増加の一途をたどるでしょう。インターネットが開いた国際化の流れは、今後大きなイノベーションがなくともさらに進行していくはずです。そして、もしもそこに何らかのイノベーションが加わるとしたら、それはおそらくさらに国際化を加速するものとして現れるはずです。未来永劫とはいいませんが、当分の間、社会の変化はその方向に向かっていくはずです。

問題になるのは、翻訳の供給側です。現在のところ翻訳の供給側の大きな部分を翻訳事務所のような翻訳業界が担っていますが、そのシェアは急速に減少するでしょう。なぜなら、自動翻訳が一気にシェアを拡大する様相が見えるからです。

この機械翻訳は、二十年も前からある「翻訳ソフト」とは一線を画しています。かつての翻訳ソフトは、定型的なアルゴリズムによる変換を中心に組み上げられていました。いわば電卓の進化版です。入力した文章を関数として変換し、訳文を出力していました。そして、その翻訳精度は実用に程遠く、せいぜいがまったく手がかりのない外国語を理解する参考に役立てば上等という程度でした。

十年ほど前に広まりはじめた機械翻訳は、その根幹がちがいます。後に「クラウド」と称されるようになったインターネットを介在した巨大なデータベースにアクセスすることで、実例を参照して翻訳の精度を高めようとする試みがはじまりました。その精度はやはり当初はたいしたことはなく、「しょせん機械翻訳」と考えられていたのですが、データの積み上げの中で急速に実用レベルに近づいてきました。使い方さえ誤らなければ、部分的には既に実用レベルに達しています。

そして、スマホに代表される端末の日常化によって、こういった機械翻訳は、それと意識されることなく一般に浸透していきます。多くの翻訳需要がそこで満たされることになります。結果として、実際の翻訳需要はどんどん拡大を続けるのに、翻訳業界にとっての見かけの翻訳需要はどんどん減少していくことになります。

このような流れに対して、反応はさまざまです。たとえば、「いくら機械翻訳が進化しても、しょせん人間には勝てない」という楽観論があります。甘いですね。せいぜいが、「人間に勝てない分野が残る」程度だろうと思います。そしてそういう分野は、ごく狭いものです。翻訳需要の大部分を占める実務翻訳のほとんどは、やがて機械的な翻訳の方を好むことになるでしょう。そのほうが正確になる日は遠くありません。

楽観論は楽観論として、その中に生き残り戦略がないわけではありません。機械と勝負できる分野、機械に真似のできない分野で職人技を発揮して生き残ることです。他の業界でも、そんな職人はいます。一品ものの芸術的な作品は、機械には真似のできないものです。そういう分野に特化して、「最後の翻訳職人」として生きるのであれば、まだまだ成長の余地はあります。

そういう楽観論を排して、「機械翻訳が避けられないのなら、その先頭に立とう」と考えることも、ひとつの生き残り戦略です。コモディティ化するクラウド型の翻訳を超えるシステムを構築し、積極的に機械翻訳を業務フローに取り入れて原価率を下げ、業界内のシェアを拡大する方向です。たとえば印刷業では、そういう流れがありました。パソコンの普及によって小規模な街の印刷屋が潰れていく中で、印刷のDTP化によって需要を吸収して成長していった印刷業者がありました。同じような発想がここでも通用するかもしれません。

あるいは、「翻訳とはひとつの言語で書かれた文書を別の言語に変換することだけではない」と、翻訳事業そのものの本質を振り返る発想もありうると思います。実際、翻訳の仕事は、翻訳だけでおさまらないことがよくあります。契約書の翻訳では契約そのものに関するアドバイスを専門家の助けを得て追加しなければならないケースもありますし、ソフトウェアの翻訳ではプログラミングの一部に立ち入らねばならない場合もあります。ウェブサイトの翻訳ではSEOまで考えねばなりませんし、書籍の翻訳にDTPが含まれることは通常のことです。そしてそこまでのパッケージで考えたときに、それを一括でやってくれるソフトウェアや機械化されたサービスは存在しません。翻訳業をもっと枠組みの広いサービス業、コンサルティング業務と捉えることで、衰退する翻訳業界の中で生き残り、やがてその業界から決別することさえできるのかもしれません。

インターネットが社会を変え、そしてこれからもその変化が続いていくことは疑いようのない事実です。その事実から逃げることなく、10年後、20年後にどう生きるのかを考えながら、業務を続けていきたいと思うこの頃です。


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